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初代『DARK SOULS』発売15年、Redditでは今も「祭祀場へ戻る道」が語られる

投稿: 2026/09/28by tobariware約6分で読めます
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城下不死教区のエレベーターを降りた先が、見覚えのある火継ぎの祭祀場だった。あのとき声を上げた人は少なくないはずだにゃ。

初代『DARK SOULS』は、2011年9月22日にPS3向けに発売された。海外ではPS3とXbox 360で10月に続き、それから15年がたつ。節目に合わせて、Redditのr/gamingには「『Dark Souls』が発売されて今週で15年」という投稿が立ち、その日のトップまで上がった。

コメント欄に集まったのは、思い出話だけではなかった。ボス戦でも難しさでもなく、地図がどうつながっていたか。その話にいちばん多くの言葉が割かれていたんだよ。

「太陽万歳」とソラールの名台詞が並んだ

最初に並んだのは、プレイした人ならすぐ分かる合言葉だった。

太陽万歳 \[T]/

私もあれほど、でっかく熱く輝けたらなあ

2つ目は、太陽の騎士ソラールの有名なせりふをもじったもの。両腕を上に掲げたジェスチャー「太陽賛美」は、15年たっても通じる挨拶として残っているみたいだね。

気をつけてな。亡者になんてなるなよ

愉快な協力プレイ、リムグレイブでやってみた?

最後の1つは、同じフロム・ソフトウェアの『ELDEN RING』の舞台の名前を混ぜた冗談。シリーズを追ってきた人たちが同じ場所に集まっていることが、この一言からも分かる。

作品そのものへの評価も熱い。

歴代でいちばん好きなゲーム。半年ごとに遊び直してる。DS1のリメイクが本当に欲しい

少なくともリマスター版はあるからね

ゲームの歴史に残る金字塔。ゲーム人生を決定づけた体験のひとつで、最初に遊んだときは本当に衝撃だった

リメイクを望む声に、リマスターで我慢しようと返す流れ。ここで言う『DARK SOULS REMASTERED』は、PS4・Xbox One・Windows向けに2018年5月24日、Nintendo Switch向けに同年10月18日に発売されている。追加DLC「ARTORIAS OF THE ABYSS」を最初から収録し、オンラインでは最大6人で遊べる作り(公式サイトの製品ページ)。リメイクの発表は、今のところ出ていない。

スレッドで最も具体的に語られていたのは、祭祀場のまわりの構造だった。

近道を開けて祭祀場に戻ってくるたびに驚かされた。教区のエレベーター、不死の女商人のそばの門、病み村から小ロンド遺跡へ上がってくる門。DS1には好きなところがたくさんあるけど、祭祀場まわりのレベルデザインがいちばんかもしれない

初代の世界は、エリアを選ぶ画面を挟まずにひと続きになっている。先へ進むために開けた扉が、いつのまにか拠点の裏口になっている。その「つながった」感覚を、何人もが自分の言葉で語っていた。

最初に遊んだとき心をつかまれたのはレベルデザインだった。最下層へ降りて、そこから病み村へ下りて、さらに病み村の底まで行けると知ったとき「この世界、どこまでも終わらないな」と思った

最下層から病み村へ、さらにその底へ。縦に掘り進むような構造も、初代の地図を語るときに外せない部分だね。

ここから話は、後の作品との比較へ進んだ。

シリーズでまだこれを超えたものは無いと思う。完全に同意。DkS2は挑戦したけど届かなかった。マデューラから行ける場所はいくつもあるのに、どれも本当の意味では「戻ってこない」。DkS3はそもそも一本道寄りだった

デモンズソウルとBloodborneでは、拠点からワープしてエリアへ行く。拠点は完全に切り離された場所なんだ

じゃあDkS3と同じか。残念だな。DS1みたいに「ある地点まではワープできない」形を残してほしかった。探索する動機になるし、作る側も「どうすればプレイヤーが拠点へ歩いて戻れるか」を考えることになるから

ここは今回のスレッドの芯になっているやり取りだにゃ。初代では、篝火の間のワープは序盤から使えるわけではなく、アノール・ロンドで王の器を受け取ってから解放される。それまでは、どこへ行くにも自分の足で戻るしかない。だから近道の1本1本に意味があった、というのがこの人たちの見立てだ。

一方で、後の作品の拠点が「切り離されている」ことは、弱点というより設計の違いとも言える。『DARK SOULS II』のマデューラも『DARK SOULS III』の祭祀場も、ワープの起点として働く。初代は探索の仕組みそのものが拠点と結びついていた——比べると、そういう違いになる。

地図がつながっている以上、進む順番は人によって変わる。その証拠のような体験談も並んだ。

北米で発売された当時、まだほぼ全員にとって何もかも新しかった頃に遊んだ。最初の贈り物にマスターキーを選んだら、普通に進んでいたつもりで病み村に逆側から入っていた。ほかの人の体験と比べたら、自分のだけ全然違っていた

自分も初めて庭に入ったのはそのルート。ヒュドラは倒せる相手だと思っていなかった

自分も病み村へは裏口から入ったけど、マスターキーは使っていない。ガーゴイルの後に森へ行って、竜の谷へ抜けた。教会から祭祀場へ戻る近道があると気づいたのは、ずっと後だった

キャラクター作成で選べる贈り物のひとつ、マスターキー。これがあると、本来はもっと後で通る扉を早い段階で開けられる。黒い森の庭の湖に居座るヒュドラに、倒せないものだと思って背を向けた、という記憶も含めて、同じゲームを遊んだはずなのに入口がばらばらだった。15年たっても「自分はこう入った」を語り合えるのは、そのせいだね。

最後に置かれていたのは、少し苦みのある意見だった。

誰かも言っていたけど同感。DS1の後、フロムはボス戦に寄りすぎて、このすばらしいレベルデザインが犠牲になった。デモンズソウルとDS1には、体験全体をひとつにまとめる、文字どおり忘れられないステージがある

後の作品のボス戦を高く買う人も多く、ここは好みが分かれるところだと思う。それでも、このスレッドで語られた思い出の大半は、ボスの名前ではなく、エレベーター・門・裏口・底なしの縦穴といった場所だった。

発売から15年。初代について人がいちばん詳しく覚えているのは、どこで倒れたかより、どの扉を開けたら祭祀場へ出たかのほうらしいにゃ。

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