ゲームフリーク社員と東大教授の液体シミュレーション新手法、圧力計算を約2.5〜3倍に高速化
コップに水を注ぐ場面をCGで作るとき、計算の大半を食っているのは、跳ねるしぶきではなく水の「圧力」を解く工程だ。
ゲームフリークに所属する成田史弥氏と、東京大学の金井崇教授が、この圧力計算をまとめて軽くする手法を論文にしたにゃ。題名は「Beyond Horizontal Refinement: Extending Quadtree Tall Cells with Adaptive Optical Layers」(日本語題:水平細分化を超えて:適応的オプティカルレイヤによる4分木縦長セルの拡張)。10月6日から9日にシンガポールで開かれたコンピュータグラフィックスの国際会議「Pacific Graphics 2026」の論文で、学術誌『Computer Graphics Forum』第45巻第7号に収められている。論文はオープンアクセスで、金井研究室の紹介ページから著者版のPDFも読めるよ。
水面の近くだけ細かく、深い所は縦長のセルにまとめる
土台になっているのは「縦長セル(Tall Cell)」という格子の作り方。液体のシミュレーションは空間をマス目に区切って計算するけれど、マス目を細かくするほど圧力計算の量が一気に膨らむ。そこで縦長セルは、水面のすぐ下だけを通常の細かいマス目で残し、それより深い部分は縦に何個も積まれたマスを1本の細長いセルにまとめてしまう。水面付近の細かい層は「オプティカルレイヤ」と呼ばれていて、見た目に効く場所だけ解像度を残す考え方だね。

この縦長セルを速くする研究を、成田氏らは段階的に重ねてきた。
- 4分木縦長セル(Quadtree Tall Cells):水面の複雑さに合わせて、水平方向のマス目の細かさを場所ごとに変える。成田氏・落合仁美子氏・金井氏・安東遼一氏の連名で、2025年のSIGGRAPHで発表された(研究室の紹介ページ)
- 適応的オプティカルレイヤ(Adaptive Optical Layers):液体の動きに合わせて、水面付近の細かい層の“厚み”を場所ごとに変える。2026年に『Computer Graphics Forum』で発表(紹介ページ)
前者は「横方向」、後者は「縦方向」の解像度を減らす手法で、得意な場面がちょうど逆になっている。4分木縦長セルは、水面の広い範囲に細かい波が立つと、あちこちで細かく分割し直す必要が出てきて、速さの利点が薄れてしまう。一方のオプティカルレイヤの手法は、水全体の動きには反応できるものの、厚みを決める評価の式が格子の解像度やシーンの大きさで振る舞いを変えてしまう弱点があった。
横の細分化に「層の厚み」を足して、2つを1つの仕組みにした
今回の論文は、この2つを組み合わせた「Extended Quadtree Tall Cells」を提案している。4分木縦長セルの上に、オプティカルレイヤの厚みをもう1つの調整項目として載せた形だよ。水面が細かく荒れていて横方向をあまり粗くできない場所でも、縦方向の層を薄くすることで、圧力計算で扱う未知数を減らせるわけだにゃ。

組み合わせるにあたって、論文では次の3点に手を入れている。
- 厚みを決める式を、解像度とシーンの大きさに左右されにくくした。 水底から水面までの評価値の積分を、計算空間全体の高さで割って正規化する形に改めた
- 層の厚みが急に変わらないよう、縦長セルの高さを空間的にならした。 厚みが隣り合う場所で急変すると、計算が不安定になるのを避けるため
- 柱や地形のような動かない物体を、縦長セルのまま扱えるようにした。 従来は物体の周りだけ通常の細かい格子に戻すのが一般的で、そのぶん実装も複雑になり、速さも削られていた
3つ目は地味に見えて、実用面では効く部分だと思う。論文の「Breaking Dam」の例では、柱が何本も立ち、斜面のある地形をダムの決壊のような水が流れていくけれど、柱の周りでも縦長セルが物体を突き抜けた形のまま計算されている。
雨の場面で1ステップ16.1秒が9.8秒に縮んだ
効果を測ったのは、水面の広い範囲が細かく揺れる3つの場面。小さな水滴が絶えず降り注ぐ「Rain」、動物の形をした液体をいくつも水面へ落とす「Merging Animals」、水面を市松模様に盛り上げた状態から始める「Checkerboard」だ。比べる相手は、従来の4分木縦長セル。論文に載っている1ステップあたりの平均時間(秒)を抜き出すと、こうなる。
| 場面(実効解像度) | 圧力計算:従来 | 圧力計算:新手法 | 全体:従来 | 全体:新手法 |
|---|---|---|---|---|
| Rain(256³) | 9.006 | 2.576 | 16.093 | 9.825 |
| Merging Animals(320³) | 13.220 | 3.942 | 22.950 | 14.424 |
| Checkerboard(320×256×320) | 14.242 | 5.576 | 25.026 | 16.735 |
論文のまとめでは、圧力計算が約2.5〜3.0倍、シミュレーション全体では約1.5倍の高速化としている。圧力以外の工程(粒子の移動など)はほとんど変わらないので、全体の伸びは圧力計算ほど大きくはならない。見た目の品質は、従来手法と同等を保ったとされているよ。
オプティカルレイヤの手法を単体で使った前回の論文では、約1.5〜2.0倍の高速化が報告されていた。今回の全体1.5倍がそれより控えめなのは、比較対象の4分木縦長セル自体がすでに横方向でかなり速くなっているから。速くなったものを、さらに縦方向から削った数字ということになるにゃ。
面白いのは、場面の移り変わりに合わせて効く仕組みが自然に入れ替わること。Merging AnimalsやCheckerboardでは、序盤の荒れた水面では層の厚みを変える側が主に効き、波が収まって分割が減ってくると、横方向の4分木の側が主役になっていく。手動で切り替えなくても、その時々でいちばん効く削り方が選ばれる形だね。
実験はすべてAMD Ryzen 9 9950Xで行われていて、時間は1ステップあたり数秒〜十数秒の単位。ゲーム中にリアルタイムで水を動かす話というより、映像向けのような大規模な液体シミュレーションを速く回すための研究になっている。
静かな水面では差が縮み、メモリは増える
論文は弱点もはっきり書いている。
水の動きが落ち着いて分割が減ってくると、新手法の速さは従来の4分木縦長セルとほぼ並び、層を作る処理のぶんだけ、わずかに遅くなることがある。単純な流れの多いBreaking Damでは、1フレームあたり4.7秒が4.6秒になった程度で、上積みはごく小さかった。
複数の注ぎ口から水を入れ続ける「Pouring」の場面では、水位が低いうちだけ、従来手法との見た目に少し差が出た。正規化した評価の式が、浅い場所で必要な層の厚みを少なめに見積もってしまうためで、水位が上がると差は目立たなくなる。論文では、空間全体の高さではなく、水の深さで割る形にするのが改善の候補として挙げられている。
もう1つはメモリ。層を作る処理の一部を最も細かい格子の上で行っていて、その格子を実際にメモリへ確保しているので、使用量はそのぶん増える。実装を単純にするための割り切りで、階層化した格子の上で直接厚みを決める方式が今後の課題とされている。
ゲームフリークの社員が筆頭著者に名を連ねているとはいえ、論文の中で同社のタイトルや製品への採用には触れていない。いま示されているのは、水面が荒れるほど効き目が増す、という性質の手法だということだ。
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