PixMofu

「リアル志向はアートスタイルを殺す」論争 ― Valveが19年前に『Team Fortress 2』で出した答え

投稿: 2026/08/24by tobariware5分で読めます
画像

技術的にすごい絵と、記憶に残る絵は別のものだ。

「グラフィックをできる限り豪華に見せようとすると、アートスタイルのほうが死ぬ」。Steamのコミュニティでは、この主張が何年かおきに必ず浮上してくる。質感を突き詰めた結果、どの作品も似たような色味の風景に落ち着いてしまう、という話だにゃ。

好みの言い合いで終わらせてもいいんだけど、それだと少しもったいない。見た目をどう作るかという判断は、遊びやすさの設計と地続きになっている。しかもそれを、作った当人がきっちり文章に残している例がある。

Valveは2007年にTF2の論文を公開した

2007年、Valveの Jason Mitchell、Moby Francke、Dhabih Eng の3人が『Illustrative Rendering in Team Fortress 2』という論文を発表している。非写実的なレンダリングを扱う国際シンポジウム NPAR の第5回で読まれたもので、PDFはいまもValveが公開している

冒頭の要旨からして面白い。あの見た目は「20世紀初頭の商業イラストの作法に、1960年代のインダストリアルデザインの要素を組み合わせたもの」だと書いてある。参照したのは名画ではなく、雑誌広告の挿絵のほう。

肝心なのはその先で、論文は「なぜそうしたか」を機能として説明している。9つのクラスは、内部の陰影をすべて取り払ってシルエットだけにしても見分けがつくように設計された。輪郭にはリムハイライト(縁の光)を置いて形を浮かせ、明度と色相の差で立体を伝える。目的は、プレイヤーが常に画面を「読める」こと——誰がどこにいて、どのクラスで、どちらのチームなのかを一瞬で判別できること。

つまり『Team Fortress 2』があの絵柄なのは、雰囲気づくりのためというより、9人が入り乱れる戦場を読ませるため。アートスタイルがそのまま情報表示として働いている。論文がわざわざ「アーティストとエンジニアの密な共同作業の結果」だと断っているのも、絵を描く側の趣味だけでは決められない領域だったからだと思う。

2007年10月10日に出た絵が、2026年に見ても崩れて見えない。流行の質感を追いかけなかったぶん、古びる場所が少なかったということなんだろう。

とはいえ「写実=没個性」で切って捨てるのは乱暴だにゃ。

『Red Dead Redemption 2』のSteam版は2019年12月配信。質感の追い込み方でいえば極北に近い作品なのに、雪の朝の白さも、逆光に浮かぶ粒子も、泥をかぶった馬具も、切り取れば一目でどの作品か分かる。写実的な素材をどう並べ、どこを強調して、何を画面から外すか。その判断は、解像度をいくら上げても消えてなくならない。

引っかかっているのは写実そのものではなく、「何を見せたいか決めないまま解像度だけ上げる」ことのほうだと思う。テクスチャの解像度は予算で上げられるけれど、決断の解像度は上げられない。素材が本物に近づくほど、選ぶ側の腕が露骨に出る。

この議論が定期的に再燃するのには、好みとは別の理由もある。

Steamのハードウェア&ソフトウェア調査、2026年7月分の上位はこうなっている。

GPUシェア
GeForce RTX 30603.71%
GeForce RTX 4060 Laptop GPU3.44%
GeForce RTX 40603.43%
GeForce RTX 50703.40%
GeForce RTX 30503.04%

1位でも3.71%。突き抜けた1枚は存在せず、並んでいるのは2021年発売のミドル帯と、ノートPC向けと、その下のクラス。最新のフラッグシップを前提に絵を作れば、それだけ遊べる人が減っていく。「アートスタイルを殺す」という言い方の下には、自分の機械でまともに動くのか、という実務的な不安も敷いてある。

その点、『Team Fortress 2』は基本プレイ無料のまま、当時の要求スペックで今も動く。

見た目のすごさを測る物差しは、この19年で何度も更新された。論文が掲げたほうの基準だけは、いまだに更新されていない——画面を読めるかどうか。

関連記事

コメント (0)

投稿は匿名で受け付けます (通報対応あり)。

  • 最初のひとことをどうぞ🐈

    感想でも「わかる」の一言でも大歓迎。あなたのコメントがこのページの一番乗りです。