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亡き友と遊んだ『TF2』への手紙、r/Steamに「消せないフレンド」の話が集まる

投稿: 2026/09/13by tobariware6分で読めます
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ヘビーで3時間半。うしろには、いつも同じメディックがいた。

r/Steamに投げ込まれた1枚の画像は、そんな昔話から始まっている。タイトルは「To a Dear Friend」——親愛なる友へ。帽子が実装される前、サンドイッチの派生品が増える前の『Team Fortress 2』を、ひたすら2人で遊んでいた頃の話だ。2fortに何時間もこもり、下水路から機密書類の部屋まで常に息を合わせて動き、互いを守り、チームを勝たせていた。あの頃いちばんの親友だった、と投稿主は書く。過去形で。

2007年10月、6マップの1つとして2fortは始まった

『Team Fortress 2』の配信開始は2007年10月。2fortは、そのとき同梱されていた6つのマップのうちの1つで、汚染された水路を挟んで左右対称の砦が向かい合い、地下の部屋に機密書類(インテリジェンス)が置かれている(公式Wiki)。「下水路からインテリの部屋まで」という書き方は、このマップの造りをそのままなぞったものだね。

ヘビーのサンドイッチが加わったのは2008年8月のヘビーアップデート、9クラスぶんの帽子が一斉に配られたのは2009年5月のスナイパーvsスパイアップデート。つまり「帽子の前、サンドイッチ派生が出る前」という言い方が指しているのは、配信から1年前後の、ごく初期の時期になる。今からだと17〜18年前だ。

そのヘビーアップデートについて、開発者ロビン・ウォーカーの言葉として公式Wikiが引いている当時の設計メモには、目標として「メディックと組めないときのヘビーを、どう成立させるか」と書かれている。裏を返せば、専属のメディックが背中に付いたヘビーは当時から別格で、2人1組でこそ回る作りだった。3時間半ミニガンを回し続けられたのは、うしろに必ず相棒がいたからだ。

その関係をValveが正面から映像にしたのが「Meet the Medic」で、公開は2011年6月。ほぼ同じタイミングでTF2は基本プレイ無料になっていて、Valveは発表文に「4年と200を超えるアップデートを経て」と書いている(Valveの発表)。無料化からさらに15年、公式ブログには今も新しい告知が並んでいる。

Steamのアカウントは、持ち主が亡くなっても誰かの手には渡らない。利用規約は「アカウントを売ったり、使用権を有償で他人に与えたり、譲渡したりしてはならない」と定め、さらに「Steamの外で行われるサブスクリプションの移転(法律の運用による移転を含む)をValveは認めない」とも書いている(Steam利用規約 1.C・3.D)。この「法律の運用による移転」には相続も含まれる。遺族が名義を引き継ぐ道は、規約の上では用意されていない。

だから残されたアカウントは、最後にログアウトした姿のまま止まる。プロフィールも、実績の数も、フレンドリストの並びも動かない。変えられるのは、残された側が自分のリストからその名前を消すかどうかだけ。そしてスレッドを読むかぎり、ほとんどの人が消していない。

コメント欄に残された、かけなかった電話

投稿主はコメント欄で、その日のことを書き足していた。

電話するには遅い時間だったから、かけなかった。次の日には、かける相手がいなくなっていた。

すぐに返信が付く。

その思い出を抱えて生きていってくれ。あれは君だけのものだ。

投稿主はそれに、古い詩の一節を引いて答えている。

笑顔と笑い声で自分を思い出してほしい。自分も、そうやってみんなを思い出すから。涙でしか思い出せないのなら、いっそ思い出さないでほしい。

集まったのは、亡くなったと分かっている相手の話だけではなかった。消息が分からないまま、リストの中で止まっている名前の話も多い。

昔の『Counter-Strike』の相棒。どこかで元気にしていればいいけど。

これに返ってきた一言が、スレッド全体の空気を言い当てていた。

それは君の思い出であり、その友達の目印でもある。君は、彼のフレンドリストに残った最後の1人かもしれない。だから自分は消さずに持っている。いい記念碑だと思う。

同じ「分からないまま」の話は、他にもいくつも出てきた。

2011年ごろ、日本の人とよく『Left 4 Dead』を遊んでいた。あの地震と津波のあと、彼は二度とログインしてこなかった。無事でいてほしい。

オンライン状態の表示そのものが、区切りになってしまったという書き込みもある。

従兄弟のアカウントは、5年間ずっと「退席中」のままだった。ある日それが「オフライン」に変わって、二度と戻らなかった。二度目の、小さな死みたいだった。

そして最後のほうに置かれていたのが、宛名がイニシャルだけの、返事の来ない手紙のような一件だった。

一緒に遊んでいた頃、君が最後に言ったのは「火がこっちに近づいてる。避難するかもしれない」だった。それきり連絡がない。ニュースも訃報も探したけれど、そもそもフルネームすら知らなかった。

顔も本名も知らないまま、何百時間も横に並んでいた相手。その人が消えたことに気づく手段が、フレンドリストの一行しかない——スレッドに並んだ声のほとんどが、結局そこに行き着いていた。

投稿主が3時間半こもった2fortは、今も同じ形でそこにある。汚染された水路も、地下の書類部屋も、当時のまま。

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